高度経済成長期に全国で集中的に整備が進んだ我が国の道路ストックは現在、「老朽化」という大きな課題に直面している。国土の強靭化を図る上でも道路ストックの本格的なメンテナンスの実施が急務となる中、2013年の道路法改正により橋梁・トンネル等の点検基準が法定化され、5年に1度の近接目視による全数監視が道路管理者に義務付けられた。全国にある約70万の橋梁や約1万本のトンネルのメンテナンスを計画的・持続的に進めるに当たっては、点検・診断の効率化と高度化に向けた取り組みが重要となる。その施策の一つとして国土交通省が作成している「点検支援技術性能カタログ」の概要を紹介する。
定期点検の効率化・高度化へ技術基準を整備 |
2012年12月に中央自動車道で起きた笹子トンネル天井板落下事故は、社会に大きな衝撃を与えた。安全神話は崩壊し、暮らしと経済活動を支える基幹インフラのメンテナンスの重要性が改めて認識された。笹子トンネルでの事故発生直後、国土交通省は第三者被害防止の観点から道路ストックの安全性について集中点検を実施した。同省によると、全国にある道路ストックのうち重要構造物である橋梁の43%、トンネルの34%が建設後50年を経過しているとされ、既に経年劣化による変状が顕在化している構造物も見受けられるのが実情だ。こうした背景には、地方公共団体が抱える3つの課題-予算不足・人不足・技術力不足があることも指摘されている。
道路の老朽化対策の本格実施に向けて、国土交通省は2013年を「メンテナンス元年」と位置付け、各道路管理者が点検・診断・措置・記録のメンテナンスサイクルを回す仕組みの構築に着手した。同年の道路法改正を受け、法令点検に関する基準を整備。2014年7月施行の省令・告示で近接目視を基本とする5年に1度の定期点検を規定した。健全度の判定に当たっては、統一的な尺度としてⅠ~Ⅳ(健全→予防保全段階→早期措置段階→緊急措置段階)の4段階の区分が設定された。
これらの技術基準は構造物に共通するものであり、各構造物の特性に応じた点検を実施するための技術的助言として橋梁・トンネルの構造物ごとに「定期点検要領」が制定された。定期点検の効率化を図るとともに、新技術の導入等による高度化を推進するため、2019年の定期点検要領改定で「新技術利用のガイドライン」と同ガイドラインで明示された標準項目に従い各技術の性能値をカタログ形式で整理・掲載する「点検支援技術性能カタログ」が新たに示された。同カタログに掲載された技術の活用により、定期点検の効率化・高度化を進めるのが狙いだ。
点検支援技術性能カタログの概要 |
道路管理者が行う定期点検では従来、通行規制を実施した上で、橋梁点検車を導入し近接目視により変状がないか点検したり、高所作業車を使ってトンネル内を打音検査しコンクリート片の落下の恐れがないかを調べたりしている。これらには多大な労力と手間を要しているのに加え、交通への影響も避けられないのが課題だった。これに対し、ドローンを用いた画像計測や、レーザー計測による非破壊検査といった民間が開発した新技術などを有効活用することができれば、状態の把握が困難な構造物の点検の効率化や、作業期間・コストの縮減などが図られる期待がある。さらに、信頼性が確保された診断結果に基づき、的確な修繕工事を計画的に進めることで、構造物の長寿命化にもつなげられる効果が望める。
そこで、定期点検への新技術の活用を推進する狙いから、点検業務の受発注者が新材料・新工法といった新技術の活用を検討する際に参考とすることができるように、「国が定めた標準項目に対する性能値を開発者に求め、開発者から提出されたものをカタログ形式で取りまとめたもの」が『点検支援技術性能カタログ』(以下、性能カタログという)である。性能カタログは、定期点検が2巡目に入るタイミングに合わせる形で2019年2月に国土交通省により策定された。掲載技術数は当初の16技術から、2020年6月に80技術に改定され、2021年10月時点で131技術に増え、新技術の開発・実用化に向けた取り組みの加速によって2023年3月現在、215技術まで拡充されている。掲載技術の拡充に向けては、民間を対象にした技術公募と、応募された技術のフィールドでの検証が実施されている。掲載技術は、橋梁・トンネルの構造物ごとにそれぞれの特性に応じた「画像計測技術」、「非破壊検査技術」、「計測・モニタリング技術」と、両構造物を対象とした「データ収集・通信技術」の計7つに分類され、『性能カタログ』はこの計7技術のカタログによって構成されている。〈表参照〉
性能カタログは、点検業務の受発注者が新技術を選ぶ際に、市場の様々な技術が比較可能となるように、性能に関する標準項目やカタログへの記載方法を指定している。また、記載内容の要点と補足を示すとともに、標準試験や現場試験の様式などについても統一を図り、「付録」に取りまとめている。性能カタログには、「仕様・能力の表示を共通化」する役割が持たせてあり、診断AIのような主観的な判断に基づく診断を自動化する技術や定量的な評価が難しく標準試験を定めることが難しい技術は掲載の対象としていない。性能カタログへの点検支援技術の掲載や、点検支援技術の活用方法などについては、開発者からの問い合わせや相談等を受け付ける窓口が各地方整備局などに設置されている。
2024年度から3巡目に入る定期点検。安全・安心で持続的な社会の形成に向け、重要インフラである道路ストックの維持保全に「点検支援技術」が役立つことを期待したい。
画像撮影システムを用いた橋梁点検画像の取得技術
この技術は、UAV に取り付けたカメラで対象物を撮影し、その撮影データを「コンクリートのひびわれ画像解析プログラムt.WAVE」(大成建設㈱ 開発)で解析する橋梁点検技術である。
ひびわれ自動検出技術C2finder
ひびわれ自動検出技術「C2finderⓇ」は、ひびわれを自動検出し、その位置および形状を数値情報とともに出力する技術である。 検出結果は、現在、画像・CAD 形式で出力するとともに、数値情報を集計してCSV 形式で出力する。利用は、ユーザー登録後、手元のパソコン上のWeb ブラウザで操作する。
ドローンを活用した橋梁点検技術 「ELIOS3」
ドローンを活用した橋梁点検技術「ELIOS 3※」は、搭載したカメラで撮影した画像から損傷を把握する技術である。カメラは上下180°チルト可能なため、正面、真上、真下の撮影が可能である。独自のSLAM エンジンにより、桁下等のGPS が入らない環境でも安定飛行が可能である。 ※「ELIOS 3」(Flyability 社製(スイス))は地下ピット内の竣工前点検や工事進捗を管理するための点群データによる3D モデリング化等でも活用されている点検・測量ドローンである。
全磁束法によるケーブル非破壊検査
全磁束法はケーブル内に流れる磁束の量がケーブルの断面積に比例する原理を利用した検査法である。ケーブルを磁化することでケーブル内に磁束が流れ、その磁束を計測しケーブルの断面積へと換算する。 ソレノイド式全磁束法は磁化方式に電流磁気を用いる。電流をあげ、磁化力を強めることで、磁束密度を飽和漸近領域まで到達させる。健全部、健全部以外の断面積(飽漸近領域の磁束)を比較することで、断面の変化、欠陥(主に腐食)状況を定量的に評価する方法である。 永久磁石式全磁束法は磁化方式に永久磁石を用いて、ケーブル長手方向に移動しながら欠陥を定性的に検知し評価をする方法である。また磁束密度を検知することでケーブル断面内での位置関係を把握する。
表面ひずみ法によるPC桁の現有PC鋼材緊張力の推定技術
本技術は、プレストレストコンクリート道路橋の橋軸直角方向のひび割れが生じた主桁を対象として、自動車走行時の主桁表面の圧縮側と引張側のひずみ、及びひびわれ開口幅を計測して、PC 鋼材の緊張力を推定する非破壊調査手法である。T 型あるいはI 型断面のポストテンション方式を対象とする。
eQ ドクターT
ラインセンサカメラの搭載により、時速100㎞の高速走行においてもトンネル覆工表面を鮮明に撮影可能。撮影用ライトは肉眼では見えない近赤外線LED 照明を利用することにより一般車の脇見運転を防止し安全走行にも配慮。
iTOREL(アイトーレル)
iTOREL はトンネル点検の省力化や維持管理の高度化を目的に開発されたシステム。システムには車両型高所作業車タイプとフレーム型(全断面タイプ)があり、走行しながらフレームに設置された2種類の点検ユニットで、トンネル覆工コンクリートのひび割れ・うきを自動検出できる。 システムで計測したひび割れ・うきの位置や大きさは、画像や打音のデータと共にコンピュータへ自動保存され、内業で行う計測データを使用した変状展開図・写真台帳の作成は、従来の作業時間より削減できる。 第10回ロボット大賞優秀賞受賞(社会インフラ・災害対応・消防分野)